いつだか、「杉崎仙吉」の茶畑があった辺りを歩いてみた。
近くの寺の住職にお尋ねすると「お茶屋さん、昔あったよ」という。
住職の子供時分、近くでお茶を作っていた?販売していた?方がいたという。
みんな「お茶屋さん」と言っていたそうだ。
(作ったお茶をその地域で販売していたのか、そこまでは不明)
そしてその「お茶屋さん」の子孫の方に偶然お会いすることができた。
つまりは「杉崎仙吉」の子孫である。
少しお話を伺ったが、その場でわかったことは平塚大空襲があった際、大磯の一部も空襲に遭っているのだが、その際に火災で焼けてしまったということだった。
養蚕もやっていて、茶のホイロなどもあったのだろうと思われるが、残念ながら焼けてしまったようである。
ご子孫の方は茶畑の場所もはっきりしたことはわからないというお話だった。
その後、親戚の方にもお尋ねくださったのだが、何の情報もないということだった。
ここまでの話を大磯町郷土資料館にメールでお伝えし、何か情報がないかお尋ねしたがやはり何もないとのこと。
さすがにどん詰まりだ。
直線ルートは多分もうない。
あとは周囲から調べていくよりほかにない。
(続く…多分)
大磯町のお茶③


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