大磯町のお茶②

前回
大磯町のお茶①


チャノキがない(ごく一部はある)札幌から大磯町に越してきて、時々チャノキが生垣代わりに植えられていたり、庭に1本だけ植えていたりするところをいくつか見つけて嬉しくなった。
茶処では面白くもなんでもない風景だろうが、チャノキにあこがれてあこがれて移住してきた私にとってはとても嬉しい出来事だった。

お茶関係で知り合った方(大磯町在住)のご紹介で、数年前となりの二宮町にほど近い西久保という地域で農業をされている方のところに伺った。
家までの垣根がチャノキで、お話を伺うとJAの支所?かどこかに生葉を運び、山北の方へ持って行き製茶をしていたとか…。
話を聞く限り足柄茶になっていたということなのか…?
その方のお父様の代あたりまでやっていたが、ご自身は子供の頃の記憶しかないということで詳細は不明。
ただ、チャノキは確かに残っていた。
畦畔茶園と言ってよいと思われる。
ずいぶん枯れてしまって抜いたというような話もされていた。
家の裏手にも柑橘とともにチャノキがいくつか点在しているのを見せていただいた。

JA?に生葉を集めていたらしき情報を得たので、そっち方面から調べていくとまた隣の平塚市内に製茶工場があったことが分かった。
もしかしたらそこに持って行って製茶をしていたのかも?
製茶工場があったのは戦後なので、西久保の方の時代とも合致する。
この線も考えられる。
ただ、今のところ平塚の製茶工場で作られたお茶はどういうルートで流通していたのかが不明。
(製茶工場のところに販売所があったようなのでそこで販売していたのか、市内の茶屋などに卸していたのか、全く不明)

なお、平塚市側からも色々調べているが、夫の実家(万田)近くにはやはり畦畔茶園がある。
そこにいらした年配の男性に話を伺うと、「秦野の知り合いのところに生葉を持って行って製茶してもらい、知人などに配っていた」と仰っていた。
畦畔だが35kgくらいの生葉は取れたようだ。
こちらは完全に自家用茶である。

大磯町の畑の近くを歩く年配の方からよく声を掛けられる。
「茶だね」とすぐにわかる方たちの多くは子供の頃家にホイロがあり、5月くらいに家族みんなで生垣の茶を摘み、製茶をしていたという話を何度か耳にした。
生まれを聞くと多くは他県だったが、平塚の方も数名いらっしゃった。

平塚市内にはもう古くからのお茶屋がない。(多分)
一軒あるが、東京に本店がある店の支店だ。

なかなか肝心の大磯町情報が出てこない…。

(続く)

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