私と夫は結婚してから神奈川県中郡大磯町という小さな町に暮らしている。
まだ7年ほどしか経っていないが、大磯町には長い長い歴史があり、多くの首相、財界人、作家、画家などが暮らしたり別荘を構えたりしている。
そんな方々とお茶との関係を調べ始めたのがきっかけで生まれたのが「大磯の偉人に飲んでもらいたいシリーズ」だ。
誰得?というこのお茶も6人目の偉人(島崎藤村)を作らせていただくことができた。
髙野茶園(夫と私)は大磯町に現在茶畑を造成中なのだが、役場の方からも「大磯町には現在茶農家はいないし茶畑はない」と聞いていた。
「大磯町で初」ならば嬉しいと思ったのだが、大磯町の郷土資料を探っていると過去に大磯町(正確には当時の国府村)に茶畑があったことを知る。
茶を栽培製造していたのは「杉崎仙吉」(天保13年~昭和4年)という方で、現在の寺坂に茶畑8反ほどを所有していたとある。
父親が京都から茶の種を送り、それらを植え、仙吉自身は武蔵国まで行き茶摘製茶の技術を学んだそうだ。
多い時には茶師十余名、茶摘女が四十名もいたと書かれている。
「杉崎仙吉」で色々と調べてみたが、大磯町の郷土資料に「和風ー杉崎仙吉翁のおもひ出ー」という昭和4年に刊行された本しか資料はない。
他に唯一当たったのは蜜柑栽培だった。
(もう一つ小麦栽培について意見している際に名前が登場しているが直接は関係なさそう…)
明治12年にはいち早く温州蜜柑の栽培を始めており、明治30年には250貫(約1000キロ)もの初荷だったようだ。
大磯の蜜柑栽培は昭和30年に隆盛を迎えることから考えると相当早い段階で蜜柑栽培に着手していたものと考えられる。
また、「神奈川県農業試験場園芸分場」の記録によれば横穴に収穫後の蜜柑を貯蔵するという技術を考案したのも杉崎仙吉らしい。
あまり情報はないが、篤農家であったことは想像できる。
このあたりの個人的に調べているところを少しまとめておきたいと思う。
時間が空いた時に調べる程度のため全く進んでいないが、今後も細々継続していきたいと思っている。
(続く)



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