先に言っておきますが、私は頭が良い方ではないです。
頭の回転もよろしくないです。
すぐに人の話が理解できず、うーん?となることも多々あります。
人から聞いた話をまるで自分で体験したことのように話せる人がうらやましいこともあります。
そして論理的に話せる人にとても憧れてます。
こうだからこうなって、こうなる、と話の道筋をパッと理解して話せる方にじぇらしーとともに憧れがあります。
お茶の講座をやらせていただく時はこの部分に重きを置いて話す内容を考えています。
ですが、元々頭がよろしくないため理論ばかりで話をされると頭がついていきません。
製茶の理論も自分の中では少しずつ形になってきてはいるものの、それを化学的なところまで整理して話せるかと言うと無理です。
X(旧Twitter)なんて140文字しかないのに、なんでそんなにうまく言葉にまとめられんの??って思いながら見てることが多々あります。
年を取ってきて理解力や認知能力もかなり低下していると感じています。
感じるたびにちょっとだけ落ち込みます。
周囲の方の年齢が高いため「まだ若い」「もっと頑張れ」と日々言われてます。
50ですよ、もう結構いい年ですよ…
YouTubeなんかもご飯を作りながらとか片手間で見ていますが、教育系の方たちは皆様頭が大変よろしくて、皆さん理論理論と仰います。
果ては仰っていることすら理解できないこともあります。
なんだか悲しいやら切ないやら。
でもですね。
製茶ももちろん理論が大事なんですが、最低限の理屈が分かっていても美味しいものができるとは限らないんですよ。
なんかわからないけど、美味しいものが出来ちゃったり、完璧だと思ったけどがっかりだったりするわけです。
もちろん化学的な変化をある程度理解して、五感をフルに使った判断をしています。
製茶初めてまだ8年も経っていませんので全くもって初心者レベルですが、それでも多少の経験値でカバーできることもあったりします。
少しずつ「飲める」レベルの的の中に入ってくるというか。
最初の頃はとんでもないものを錬成していましたよ。本当に…
そして1年に数回しか製茶のタイミングってないのでね…
「絶対失敗だと思ってほっぽってあったやつがめちゃくちゃ美味しくなったんだよね」なんて話はあるあるです。
お茶作りの回数を重ねている人はほぼ100%こういう経験があると仰います。
で。
お茶作りは理論だけではダメなんですよね、っていうことを言いたかったんです。
理論はもちろん入ってないとまずいんですが、工程ごとのタイミングなどはすべて一発勝負です。
同じ時期、同じような状態の芽を摘んだとしても、全く同じものはやはりできない。
そこを全く同じものを作れ、と言われても無理なんです。
もちろん、そこをできるだけ差異なく作ることが腕の見せ所ではあるのですが。
それでも100%同じは無理。
恐らく、コンテストに上位入賞されている方たちですら「100%同じ」は不可能。
それゆえ、合組やブレンドという技術があるのです。
これは生産者側の意見としてですが、とはいえ、毎年同じものなんてできないよ!と開き直っちゃいけないんだと思っています。
微調整をしながらできるだけ毎年ブレがないように作る努力をします。
それが「手(一部機械)で作る」ことの弊害でもあり、逆に言えば楽しめるところでもあります。
その部分を楽しめるようになったら、あなたはかなり深い茶沼の住人。
なかなかままならないお茶作りではありますが、毎年少しずつ知識も経験もブラッシュアップしながらよりよいお茶作りをしていきたいと思います。
細々末永く見守っていただけますと幸いです。


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