大磯のお茶④、とタイトルを書いたものの実は何も進展がない…
一応方向を考えているのが、
❶杉崎仙吉と交流のある方々方面
寺坂辺りでご活躍なさっていた他の農家や活動家などから探っていく。
杉崎仙吉の三男はクリスチャンで、思文館小学校(現国府小学校)の教員と校長を務めた近藤市太郎という方とも交流がある様子…
自由民権運動が盛んな時期なので、そのあたりからも少し本を探しているが、何かに署名していたくらいしか記録はない。
伊藤博文…辺りは交流ないかなぁ…。大隈重信も無理ありそう…(涙)←蜜柑は間接的に食べていたかも?
❷杉崎仙吉が作っていたお茶の行く末
8反もあって、茶師が10数人いたというのだからまぁまぁな生産量。
考えられるのは神奈川県近郊でお茶屋に卸していたか、横浜から輸出…?
大磯とゆかりの深い伊勢原のお茶屋、大磯で今も店を構えているお茶屋さん…などなど。
横浜から輸出していたとしても、仲介業をしていたところがあるはず。
このあたりの資料が焼けてしまっているから、他地域からの資料を探らないとダメよね…
このあたり。
他にもいくつか考えているところがあるのだが、主軸はこのあたりかと考えている。
なかなか進まないし、時間的金銭的制約の中でどこまでできるのか。
とはいえ、案外こういうことを調べたりするのが楽しい。
大学の卒業論文も今ならもう少し楽しんで書けるだろうなぁ。
当時はストレスで悪夢にうなされていたが。笑
(続く…多分きっと)
大磯町のお茶④
店主のつぶやき

コメント