この度の令和8年熊本地震により被害に遭われた皆様へ、心からお見舞い申し上げます。
大変な暑さが続く中での避難生活や復旧作業は、想像を絶するご苦労があるかと存じます。被災された方々の安全と、熱中症など健康面の無事を切に願っております。
また、ご自身やご家族も大変な状況の中で、命を守るために現場で尽力されている医療従事者の皆様、ボランティアや支援に奔走されている方々に深く敬意を表します。
皆様の安全と、一日も早く穏やかな日常が戻ることを心より祈念いたします。
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震災から4日…
メンタルが弱い上に感情移入しやすいため、ニュースなどを見ていると辛くて辛くて、涙は出るし恐怖や不安でいっぱいになってしまう。
目を背けるつもりではなく自身の心の安定のために、できるだけSNSなどは見ず、ニュースも最低限で過ごしている。
直接的ではなくとも、知っている茶農家さんなどもたくさんおられる地域のため、そういった方々がご無事でいることを確認し、そっといいねだけつけて帰ってきたりもしている。(いいねは応援の意)
真夏や真冬は本当に地震関連の二次被害が増大するので本当に本当に止めて欲しい、と思うけれど、地球はそんなことを聞いてくれる訳もない。
人間一人なんて地球規模で見たら虫のようなもので、些末な存在でしかない。
わかってはいるが、虫にだって命はあるのだ。精一杯生きているのだ。
と吠えたくなる。
そしてどうにもならない自然の脅威に対して何も対抗できず、屈することしかできないもどかしさを抱く。
前にも書いたかも知れないが、ある方が「だから人は祈るのだ」と言った言葉が忘れられない。
遥か昔から人は自然の脅威の前に祈りを捧げてきた。
今は科学の力で地震がなぜ起こるのか、落雷とは何かなどが解明しているが、科学が今ほど発展してない時代には「神の怒り」や「神の呪い」とされてきたと聞く。
だから人は神に祈り、感謝をし、敬ってきた。
そのある方は「祈りや感謝を怠るようになってきたから異常な自然災害が起こるようになっている」のだとも言った。
スピリチュアルなことはあまり信じていないが、そこに関しては妙に納得してしまった。
「願っています」「祈ります」と私も普通に使っていて、お正月くらいしか神仏に手を合わせないくせにいざという時は「神様仏様…」と手を合わせる。
力も何もないちっぽけな虫のような私にできることはそれくらいしかない。
今もまさにそういう気持ち。
少しでも早く涼しい場所で被災した人たちが過ごせますように…
揺れが収まりますように…
救急の方、消防の方、復旧作業をされている皆様が少しでも休めますように…
台風、お願いだから今はこないで!!!!!
などなど。
日本に住んでいる限り、どこにいてもいつ同じような状況に陥るかはわからない。
もう少し落ち着いてから、信頼できる場所を確認して義援金を(ほんのわずかだが)お送りしようと思う。(今は詐欺まがいのものも多くみかけるので)
今、私にできることはただ毎日を大切に生きることだ。
そしてわずかでも、少しでも、経済を回そう。
生かされているうちは必死で生きよう。


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