土を耕しながらふと思ったこと

年明けに久々に畑に行き、鍬を持って土を掘っていた。
3月に新植するためのマルチの準備だ。

ご存じの方も多いと思うが、マルチをひく機械をお持ちの方からすれば途方に暮れるような作業だ。
使うのは自身の肉体と鍬だけ。
もちろん鍬の質などもあるかもしれないが、とにかく人力で溝を掘り、土を避け、淡々と溝を掘っていく。

ずっと腰を曲げているので、時折「ふー」っとゆっくり腰を伸ばしてトントンと叩く。
そして見上げると晴れ渡った青い空。
小鳥たちが綺麗な声で鳴いている。
「弥生時代くらいから人はみなこうして土を耕してきたんだろうなぁ」
とぼんやり過去の人々の営みを妄想したり。

時計も見ない。
スマホも見ない。
なんなら電波が入らない。笑
昼の鐘が鳴ってから太陽がこの角度だから大体3時くらいかなぁ、と思ってようやく時間を確認する。
重機があれば一瞬で終わるだろうし、農家の方が見れば趣味の家庭菜園にしか見えないと思う。
まぁ、実際趣味レベルなのです。残念ながら。

でもこうして体を酷使して土や自然と格闘することはもしかしたら今時なかなか体験できない貴重な時間なのかもしれない、とも思う。

デジタルデトックスとか瞑想とか流行っているけれど、実際鍬を持っている時は余計な事は考えない。
せいぜい真っすぐ溝を掘ろうと思うくらい。
あと、「マメがつぶれたなぁ、痛いなぁ」とか「腰いたいなぁ」←痛いばっかりw

そして真冬なのにまぁまぁ汗をかき、お風呂に入って、温かい部屋でアイスを食べたりする。
そんな日は夜も健やかに眠れるもんだ。

兼業ゆえに、PCに向かっていたりする日常と農作業との比較ができるのかも知れない。
どちらか一方だけなら、きっと隣の芝生は青く見える状態になるだろう。
世の中のことは表裏一体なのに、つい他人の良いところばかり見て僻んだりしてしまう。
愚かだなぁとわかっていても、そういうものなの。
にんげんだもの。

現状AIにできないブルーカラーの需要が高まっていると耳に目にする。
趣味程度の我々の茶業(業と言っていいのか微妙だが)はそういった意味でもまぁまぁこの先期待を持てる…かもしれない。(相当覚悟を決めた希望的観測)

M1グランプリ2025で2位になったドンデコルテさんのネタのように現実をスワイプすることもある。にんげんだもの。←2回目
でも、ひとまず寒さや暑さをしのげる家があり、食べるものにも恵まれ、家族や親せきも健康に過ごしている。
こんな我々のことを本気で応援してくださる方たちもいる。

上を見ればキリはないけれど、夫婦二人でお茶のことを細々続けていられるのは幸せなこと。

青い空と太陽と土のおかげで元気になれた一日。
まぁ、翌日しっかり筋肉痛になりましたとさ。

これが今のところAIにはできない、「人間」の充実した一日なのかも知れない。










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